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取材に応じる松下


ボールパーク便り  ルーキー特集(7) マイペース貫く九州のアスリート系外野手 松下且興  

 毎年恒例の硬式野球部ルーキー特集。今年も全国からトップレベルの選手が入部してきた。その中でも活躍が期待される注目の選手を全8回にわたって特集する。
 高い身体能力で神宮の地を駆け回る。松下且興外野手(商1=九州学院)は高校1年次からレギュラーを獲得し、2年次には4番に座るなど中心選手として2度の甲子園出場を経験。二塁打を放つなど確かな足跡を残した。進路は憧れていた九州学院高OBの萩原英之選手(平29営卒・現ヤマハ)の存在もあり迷わず明大を選択。紫紺のユニホームに袖を通した。

 中学時代を弱小チームで過ごした松下。県大会どころか市内大会で敗れていた。しかし「甲子園に行きたい。強い所に行って試したい」と高校は地元の強豪・九州学院高を選択する。苦しんだのは環境の変化。弱いチームから強いチームへ進んだことで「すべてに戸惑った」と強豪校ならではのプレッシャーがあった。九州学院高は練習量も豊富だ。午前5時30分から始まる朝練、平日は約4時間の全体練習に加えて居残り練習。心身ともにすり減らす日々が続いた。それでも高校生活で得たものは大きかった。最も成長した部分は精神面。毎日の朝練は自ら課題とする部分に取り組み、自分を見つめ直す良い時間に。2度の甲子園出場も「緊張する舞台でもやれた」と大きな経験になっている。「精神的に落ち着いた」。己を磨き上げた3年間だった。

 逆境を力に変えた。高3の春、4月14日。熊本を震度7の地震が襲う。寮で点呼中だった松下はすぐに避難。自宅に帰ることを余儀なくされる。寮では排水管が破裂し、1階が水浸しに。被害の大きさを物語っていた。「野球やってる場合じゃない」。そう感じた松下は復興活動に尽力。積極的にボランティアを行った。練習が再開されたのは震災から約2週間後。その間、野球道具に触ることは一切できなかった。震災後、残されたのは夏の大会のみ。「熊本に被害が出た分、甲子園に出て元気付けられたら」と迎えた最後の夏。決勝まで進むが後に甲子園ベスト4に進んだ秀岳館高に敗れる。しかし試合後「悔しさはなかった」と清々しい表情の松下がそこにはいた。震災を乗り越え、チーム一丸となって戦い続けた夏だった。

 性格は自他ともに認めるマイペース。目標とする選手はいない。ライバル視する同期もいない。常に自分と向き合い続けている。打てない時期が続いても「あ、打てないな」という程度にしか考えず、スランプもどこ吹く風だ。そんな松下だが、心に引っかかっていることがある。1年次から試合に出続け、チームの中心的な役割を担っていた高校時代。3年次には副将を務めた。しかし監督から主将をやる話はなかったという。「何か任せられない足りないものがある」。今も自問自答を続けているが答えはまだ出ていない。明大ではその答えを見つけていくつもりだ。それが見つかったとき、より存在感を発揮する松下が見られるだろう。


首脳陣からの期待も大きい
首脳陣からの期待も大きい
 50m6秒0、遠投100m、高校通算本塁打33本。この数字たちが松下の身体能力の高さを物語っている。高校時代の監督からも「運動能力が高い」と評価を受けていた。春のオープン戦では持ち味を生かし出場機会を得ると、適時打を放つなど猛アピール。インフルエンザで出遅れ、リーグ戦出場はかなわなかったが首脳陣からの期待は大きい。現在は腰のケガによる遅れを取り戻すべく、リハビリに打ち込む日々が続いている。大学での目標は「(本塁打を)4年間で二桁は打ちたい」。謙虚な男の大きな目標。松下の挑戦はまだ始まったばかりだ。

[楠大輝]

◆松下且興(まつした・かつき) 商1 九州学院高 175cm・70kg 右/右 外野手 
熊本から上京しての感想は「電車に人が多い」。通学中に人酔いして気分が悪くなってしまったそうだ。持ち前のマイペースで乗り越えていきたい
次回のルーキー特集は8月31日(木)入江大生投手(政経1=作新学院)です。お楽しみに。



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