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山のさらなる成長を期待する小倉監督


山俊『1』〜未知への挑戦〜  (16)日大三高の恩師から 小倉全由監督  

 東京六大学リーグ通算127安打。48年前に高田繁氏(昭43農卒)が打ち立て、幾多の名選手が超えることのできなかった記録を約半世紀の時を経た今年、山俊外野手(文4=日大三)が塗り替えようとしている。通算127安打超えは射程圏内だ。「何でも1番になる」と志願した背番号『1』。そして見据える先はまさに、未知の領域。伝説を作る日は刻々と近づいている。
 山の名前が一躍全国に広まった高校時代。山を熱心に指導したのが日大三高・小倉全由監督だ。通算安打記録に並んだ教え子へは「すばらしい」と賛辞を惜しまない。小倉監督に山との思い出、今後への期待を語っていただいた。(この取材は9月30日に行われたものです)

――先日山選手がリーグ通算127安打の記録に並びました
 すごいことだなと思います。記録を持っていた高田繁さんは、自分がプロ野球を見ていた頃の憧れの選手。その高田さんがつくった記録に山が並ぶことが何かすごいなと。次元の違う数字だと思っていたところに、自分の教え子が並んだのはすばらしいことだなと感じます。

――大学でのここまでの活躍は予想されていましたか
 自分は強打の山のイメージだったので、ここまでヒットを打つとは正直思っていなかったです。体に近いポイントで打てる、また左打者で足があるから内野安打があるというのが重なって、この結果になったと思います。

――初めて山選手を見たのはいつですか
 山が中3で、船橋中央シニアにいた時です。その時はショートで、体が大きくパンチ力もあり足も速いので、これは大型ショートだな、楽しみだなと思いました。この子はいい選手になるなと思いました。

――高校時代の高山選手はどんな選手でしたか
 長所が打撃と足というのは変わらなかったですね。1年秋からレギュラーで春の選抜を2回経験して、3年夏に日本一。2年の選抜は1番で使っていましたが、決勝ではスタメンを外しました。そこから夏までは試合でもう1本が出なくて。今思えば自分が監督として、山への期待が高かったのかなと思います。もっと打てるだろう、4打席で1安打の選手じゃないでしょうと。
 山に対しては期待が大きい分厳しかったと思います。2年の春から夏の時期は山にとって高校時代の中で一番辛い時期だったんじゃないかな。本人が不調だと思っていたかは分からないですが、使ってもらえずに悔しかったとは思いますよ。ただ自分自身のやることをやっていればというのは強かったと思います。ひねくれないで頑張ってくれたから2年秋からの成績があります。誰もが認める選手ですからね。

――打撃の面で山選手へはどういったことを重点的に指導しましたか
 ポイントは近く、泳いでバットに当てるだけの打撃は駄目だと言いました。ポイントまで引きつけて、自分の回転で打ち返しなさい。それで詰まるのを怖がっちゃ駄目だよというのが自分のバッティングの教えです。
 あれだけ結果を残す偉大な選手になったから、自分が言うことではないですが、三遊間に詰まって内野安打があるというのは、その打ち方なのかな。山はあまり崩れてというのはしないと思うので。自分が教えたことをやっているというよりも、それが山の形なのかなと。あのポイントの近さ。2011年の夏の甲子園の決勝でバックスクリーンに打ったのはその現れですよね。あれは山の形です。相手投手からも相手の監督から見ても、あんなに引きつけて打てるのかと。それですばらしい打球が飛んでいくんですよ。

――一番印象に残っている山選手の活躍はどういった部分がありますか
 やはり一番印象的なのは先ほど言った、甲子園決勝のバックスクリーンへのホームランです。あれはすばらしい打球だった。次の打席かな、センター返しの打球もすばらしい打球ですね。レフトにホームランを打ったりもしていますけど、自分はやっぱり山の打球でこれと言ったら、あのホームランです。それをあの場面で打つのがすごい。甲子園だからこそ、アドレナリンが出て打てた打球かもしれませんが、日本一を決める場面で一番の打球を打てたのが山の強さでしょうね。

――高校時代の山選手の性格は
 野球を離れると自分のペースを持っています。自分を崩さないのと、小さいことにこだわらないところがありますね。
 その性格は野球をしているときもですね。崩されず自分の形で打つことであったり、小さいことでぶれる男ではないです。例えば甲子園でホームランを打っても、表情に出すようなことはなかったです。いつも同じに表現していましたね。うちの小学生の孫が2011年に優勝したメンバーを1番から真似するんですが、山のホームランの表情まで真似しますよ。他の選手のガッツポーズの真似もしますが、山はこうなんだと淡々と走る真似をします。

――127安打したときも普段通りでした
 それが山という男じゃないかな。そんなに喜怒哀楽を出す人間ではないです。

――畔上選手(法大)が引っ張る当時のチームは実力者がそろっていましたが
 山は当時、畔上に叱られていましたよ。「お前違うだろ」と。でもキャプテンの畔上が言うから絶対だと受け止めていましたね。山は天狗になることはないです。打つことに関しては畔上も横尾(慶大)もいてチーム内での競争だから、あいつには負けないというのは思っていたはずです。人間として、人を認められるというのは高校の時から持っていたと思います。

――山選手を明大に送り出した理由は何ですか
 本人が行きたいと言ったからです。うちから最近では山ア(福也選手・平27政経卒・現オリックス・バファローズ)や、関谷(亮太選手・平26政経卒・現JR東日本)などいい選手が行っていますし、明大にいいカラーを感じていたと思います。明大野球部は特にすばらしい上下関係があるんじゃないかな。目標とする上級生がいて、その上級生を憧れてという上下関係があると思います。

――山選手は高校に来たりはしますか
 来ますよ。高校の練習に山が来るとみんな目の色が違います。山が打つとみんなびっくりしています。木のバットでこんなに飛ぶのかと。それから自分で打ったところを整備してくれる。それを見てうちの選手に「ドラフト1位候補の選手がこういうことするんだぞ」と言うと、うちの選手にとってそれが当たり前になって、代々つながっていきます。卒業生はみんなそんなふうにしてくれて良い見本。いい目標であり、グラウンドに来ると人間的にいいお手本、模範となってくれます。山も来てくれて偉そうにしているわけでないし。自分は山の人間性も見てきたので、自信を持ってこいつはいいやつだと後輩に言える選手です。

――大学で成長しているなと感じる部分はどこですか
 木のバットで芯に当てることですよ。今は当たり前のことだと思いますが、自分がすごいなと思ったのが、1年の春に使われて20本打ったこと。まず1年から使ってもらうことが大変です。大体金属でやっていた選手はどうしても木に慣れるために相当スイングしないといけないです。それが春から20本はすごいです。脱帽ですね。それがなかったら今日もないですし。高田さんの時代は高校から木ですから、大学に入ってもそこまでの難しさはないと思います。金属から木は難しさを感じますからね。その中で打つというのはすごいなと思います。
 あとは高校時代からですが、僕がつきっきりで練習させても壊れなかった体の強さ。親さんに感謝しないといけないですね。大学の8シーズン外れないで出られるというのは真似できることでないです。アクシデントに見舞われることなく、あったとしてもシーズンに合わせてくる強さ、運の良さはあると思います。立派な体を受け継いだことにまず感謝ですよ。

――最近は試合での山選手を直接ご覧になりましたか
 春は1回見ました。秋は最後なので1回見に行きたいなと思います。

――安打数に関して今後の山選手に期待することは
 東都の133本も抜いてもらいたいなと思います。六大学、東都通して山がトップだとなってほしいです。その意味では、この前の早大1回戦で6打席回って1安打がもったいなかったですね。もう1本打てば。それが難しいけれど。吉永と2打席相対して打てなかったのは遠慮したんですかね。吉永だって山に打たれるものかと投げているし、その中で1本を目指して山が打っていくという。いい勝負ですしうらやましいですよ。
春終わって来たときには、横尾にファインプレーをされて1本ヒットを消されたと言っていましたよ。2人で来たときに言っていました。横尾に取られちゃったんですよと。そういうのを高校の同期と競っていけるのは幸せなことですよ。

――先日山選手はプロ志望届を提出しましたが
 プロに行って思い切ってやってもらいたいです。今はどの球団も外野手は少し世代交代でチャンスだと思います。六大学でこれだけ数打った人はプロでも活躍していますよね。それを打ったから保証がされるというわけではないですが、それだけの下地があるということなので、プロを代表する選手になってもらいたいです。その中で人間性のある選手でいてほしいです。今の山のまま、誰から見てもかっこいい男でいてほしいですね。

――最後に山選手にメッセージをお願いします
 六大学野球の華形プレーヤーとして、特に今回のように記録を抜く抜けない、打てるかなというプレッシャーを味わいながらプレーする経験は大きいと思います。それをやり遂げた達成感は人にないものです。高い目標を持って自分の野球を磨いてもらいたいです。
 後は残されたリーグ戦は記録ではなく、まずは明治の優勝。その中で自分が打つことが優勝につながるんだということで。明治あっての自分なので、リーグ戦最後まで頑張ってもらって、自分の野球を通してもらいたいです。
 それと、いつになってもかっこいい男でいてくれと。自分の教えとして裏表のない人間になれというものがあります。プレーの面でも、生活面でも絶対に裏表のない人間。これが一番かっこいい姿だと思うので、そうなってもらいたいです。練習は嘘をつかないということも、もう一回頭に置いて努力してもらいたいなと思います。

――ありがとうございました。

次回は10月6日(火)「チームメイトが語る 菅野剛士」です。

[森光史]

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