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責任とリバイブ  (11)松橋周平 復帰したペネトレーター  

 10か月に及ぶリハビリを乗り越え、グラウンドで輝きを放つ。第11回は松橋周平(政経4=市立船橋)。ケガを押して出場した昨シーズンは徐々にパフォーマンスが下がり不完全燃焼に終わったが、手術を経て完全復帰。青学大戦で昨秋の明早戦以来のAチーム出場を果たし、2トライを挙げる活躍を見せた。精神的にも大きくなったラストシーズン、チームとともにリバイブを遂げる。

ついに復帰を果たした "
ついに復帰を果たした
 2年前には国立最後の明早戦に出場するなど下級生の頃から主力として戦ってきた松橋だが、昨シーズンは半月板のケガに苦しんだ。痛めたのは春季大会の初戦、法大戦。以降はケガとの戦いだった。手術はせずにプレーを続け、対抗戦は慶応戦や帝京大戦に出場。しかし万全ではない松橋のパフォーマンスは徐々に下がっていく。山下誉人(平27政経卒・現セコムラガッツ)の活躍もあり出場機会は減っていった。
「11、12月くらいから膝の半月板の調子が良くなくて、それもあってびびっている自分がいた。すごくもやもやした気持ちで終わってしまった」
大学選手権での出番はゼロ。3年生のシーズンは不完全燃焼に終わった。
 手術に踏み切ったのは、新チームが始動した1月。その後は必然的にグラウンド外での時間が増えた。だが松橋に焦りはなかった。強くなって帰ってくるのがチームのため。プレーできない分、徹底的に自分を見直した。リバイブをスローガンに掲げるチームの目標は大学選手権優勝。そのために自分に何が足りないのか考えた。松橋自身の分析はこうだ。
「僕は後半、全然走れなくなる時も多い。一つプレーしたらそこで終わり、また休んでもう一本みたいな。そうじゃなくて1つプレーをしたら、また次、その次というハードワークをイメージしていた」
カギはフィットネスとアジリティー。松橋はその2つにこだわった。リハビリは計画を立て、そこから逆算し、1つずつ、黙々とメニューをこなしていく。このメニューはラグビーにどう通じるのか考え、ラグビーに直結するように意識した。激しいコンタクトが許されメニューの幅が増えた夏合宿以降は、新しくチームに加わった松浦貴裕トレーナーと蜜にコミュニケーションを取った。スタッフも力も借り、念入りに復帰の準備を進めてきた。

 ラグビー人生において一番大きなケガを、一番充実したリハビリで乗り越え、ついに復帰。
「今はラグビーが楽しくてしょうがない。自分がラグビーをできることが幸せだと感謝してプレーする。あとは復帰していない同期の分も頑張りたい」
ジュニアの帝京大戦を経て、先週の青学大戦で今季対抗戦初出場を果たす。昨秋の明早戦以来、実に10か月ぶりのAチームだったが、見せ場はすぐに訪れた。前半5分、アタックラインへ順目に走り込むとディフェンス網を一発で突破。チームに貴重な先制点をもたらした。さらに後半8分にはスクラムから持ち出すと、相手タックラーをものともせずインゴールにグラウンディング。
「僕はアタックが得意。それをウリにしているのでそこで僕がチームにいい勢いを与えなければいけない。意識してやっていたら、青学戦では何回かゲインできた。ディフェンスがそろっていても、そこを超えて必ず前に出てゲインする。そこが僕の強み」
前へ出られる。松橋の武器はシンプルだ。対人の強さは明治FWの中で随一だろう。「自分はずらしながらゲインを切っていくが、松橋さんはザ・明治というかタテに強い」。そう語るのは桶谷宗汰(営4=常翔学園)。その存在感は選手層の厚いバックローの中でも異彩を放っている。第三列はポジション争いも激しいが譲るつもりはない。松橋のラストシーズンは始まったばかりだ。

◆松橋周平(まつはし・しゅうへい) 政経4 市立船橋高出 180cm・98kg
明治が誇るペネトレーター。長期のリハビリを経て、青学大戦で対抗戦今季初出場を果たした。ポジションはNo.8。


[柴田遼太郎]

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