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ここまで対抗戦全試合スタメン出場の小林


責任とリバイブ  (13)小林航 紫紺に育てられたLO  

試合前の校歌斉唱時、肩を組む23人の選手の中でも頭一つ飛びぬけている。第13回は小林航(法4=明大中野八王子)。身長194p・110s、規格外のサイズからは繰り出されるプレーも規格外だ。10年間着た紫紺もとうとうラストイヤー。一人で奮闘した高校時代を乗り越え、25人の同期とともに日本一を目指す。

重戦車の要に
 何といっても代名詞はそのサイズを生かしたセットプレーだろう。小林の長いリーチは空中戦では相手からすると脅威だ。またスクラムでの強力な押しにも定評があり、今季の明治の生命線とされるセットプレーに小林は欠かせない存在だ。
 だが、サイズだけとは言わせない。
「振り戻しからのシェイプが得意。もっと絡めていきたい」
今年に入ってから、ブレイクダウンから小林がボールキャリアーになることが多くなった。以前はサイズがあだとなり相手のタックル受けてノックオンしてしまったり、相手にジャッカルされてターンオーバーされる場面も見受けられた。セットプレーには定評があったが、フィールドプレーが安定感を欠きトライへのチャンスを逃していた。そこでボールのもらい方とボディポジションの改善に着手。成果は現れた。対抗戦4戦目の日体大戦の前半3分、ブレイクダウンから抜け出した小林の大胆なタテへの突破でビッグゲイン。ファーストトライの起点となった。「春からずっと頑張って意識してきているから、昨年よりもずっと良くなってきている」と小村ヘッドコーチ。現在は明治自慢の重戦車に欠かせない存在に。「サイズからは動けるようになってきている」と小村ヘッドコーチはじめ首脳陣も小林の成長を認める。キックオフのレシーブから始まり、密集で、空中で、80分間献身的に体を張り続ける。

紫紺から学ぶ
 10年間紫紺のジャージーを着続けた。
「中学高校は紫紺だけど弱小校だったから。普通に身近な存在だった。大学入って一年生の時とかにすぐ着れなくて」
小林の言葉に全てが詰まっていた。明大中野八王子出身の小林は大学入学後、6年間いつも着ていた紫紺のジャージーはなかなか着ることができなかった。紫紺との距離が小林に紫紺の本当の重みを小林に教えた。それでもあくまで小林は前向きだった。
「同期がこんなにいることは経験したことないし、今は同期がたくさんいてうれしい」
小林は異色の経歴を持つラガーマンだ。友達の誘いで中学入学と同時にラグビーをはじめた小林。当時から体は大きく中学校入学当初から168p。中学校の3年間で20p近く伸びた。高校に入学してからももちろんラグビーを続けた。しかし高校はラグビー強豪校とは程遠い弱小校。練習も大事だが文武両道がモットー。常に進路の心配がついて回ったため学年が上がるにつれて一人、また一人と同期は辞めていった。高校2年次、ついに同期が全員辞めてしまい小林一人になった。
「本当は辞めようと思っていた」
先輩や後輩はいたが、今まで厳しい練習や勝利の喜びを分かち合ってきた仲間がいなくなり、孤独にさいなまれた。だが、ラグビーの方が小林の手を離さなかった。
同期がいなくなってしまったとき、U17のセレクションに選ばれた。そこでも結果を残し、見事U17日本代表に選出。無名の高校から高校代表まで駆け上がった。

「高校の時は日本一なんて夢のまた夢。今の明治だと、高校時代の有名選手がたくさん集まっていて帝京大学にも勝てるチームだと思う。日本一になれるチャンスがある」
一人で頑張ってきた二年間があるからこそ、今がある。夢のまた夢だった日本一はもうすぐそばにある。今の明治に条件はそろっている。長い腕をのばして日本一をつかみ取る。

◆小林航(こばやし・わたる)法4 明大中野八王子高 194p・110s
2011年度高校日本代表。チーム1の長身。

[荒井希和子]

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