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初めて明早戦に出場した(左から2人目)


責任とリバイブ  (18)田中健太 一般入部から紫紺をつかんだ男  

 
 一般入部を経てレギュラーを勝ち取った男がいる。第18回は田中健太(営4=大阪桐蔭)。毎年20名近くがスポーツ推薦で入部してくる明治にとっては異色の存在だ。昨年まではAチームからCチームまでを行き来していたが、最終学年となった今年は春シーズンからスタメン出場を重ねた。対抗戦でも全試合でメンバー入り。先発した早稲田戦ではトライも決めている。

 夢の景色
 憧れの舞台に、ついに立った。昨年までスタンドから見つめていた明早戦。フランカー桶谷宗汰(営3=常翔学園)のケガもあり、4試合ぶりのスタメン出場の機会が巡ってきた。
 「入場したときに、僕らから見て右奥に明治ファンがたくさんいた。こんな観客がいる舞台で試合ができるのはこれが最後。笑って、楽しんでプレーしようと思った」。
 満員の大観衆を前に、興奮を覚えた。
 10点リードして迎えた後半8分、敵陣深くのラインアウトモールからフッカー中村駿太主将(商4=桐蔭学園)がサイドへ持ち出すと、密集からボールを受けた田中健が真っ直ぐにインゴールへ飛び込んだ。
 「東(和樹・政経4=京都成章)が相手を排除してくれた。前が空くと思って準備していたので、狙い通りでした」。
 流れを明治に引き寄せるトライだった。
対抗戦では全試合でメンバー入りした
対抗戦では全試合でメンバー入りした

 体づくり
 そんな田中健が明早戦の舞台にたどり着いたのは、偶然の産物だ。高校時代、もともとは他大学のセレクションを受けていた。しかし、願いはかなわず落選。スポーツ推薦を諦めて、一般入部の道を選んだ。「明治か早稲田」。この2校で悩んだが、最後はFWが前に出るという明治のプレースタイルに惹かれて決意を固めた。「部活をしながら、試験前だけは寝落ちするまで勉強していました」。高校3年間の評定は4.9。見事に、明治大学経営学部への指定校推薦を獲得した。
 「今となっては、落としてくれたのも運命だったのかなと思います」。
 しかし、すぐに壁にぶつかった。入部して1カ月、当時4年生だった堀江恭佑選手(平25商卒・現ヤマハ発動機ジュビロ)に腕だけでふっ飛ばされた。
 「これがトップで戦ってきた選手かと。この人と対等にやれるようにと思いました」。
 一般入部とはいえ、強豪・大阪桐蔭高ではナンバーエイトを務め、大阪府選抜にも選ばれていた。高校までは当たり負けしなかったという自信が、簡単に打ち崩された。
 それから、何よりも体づくりに励んだ。「ウエイトだけは一番やってきた」。自信を持ってそう言える。2年生のときはほぼ毎日のようにウエイト場へ通った。オーバーワークにならないよう、部位を決めて徹底的に鍛えた。体重は入部時の82sから94sへ、ベンチプレスは100sから160sへとパワーアップ。
 「当たり負けたらいいところを出せない。ウエイトをやってきた甲斐がありました。結果も出ている」。
 4年間の地道な体づくりが、今の田中健を支えている。

 日本一へ
 大学選手権には縁がある。2年次の東海大戦、途中出場すると相手のキックに猛チャージを仕掛けて逆転のトライ。昨年の関学大戦も4点リードの試合終了間際にダメ押しとなるトライを挙げた。対抗戦ではなかなか出番に恵まれずにいたが、大学選手権でAチームに上がると目に見える結果を出してきたのが田中健だ。シンデレラボーイとして、チームに勢いを与えてきた。
 最後の大学選手権。昨年までとは違い、今年はスタメンという立場になった。シンデレラボーイではなく、中心選手として臨むことになる。13日は地元・大阪で京産大との一戦。
 「花園は慣れ親しんだグランド。家族や友達も応援に来ると思います。花園も独特の雰囲気があるので呑まれないようにしたい」。
 一般入部から紫紺をつかんだ男の、大学日本一に向けた最後の挑戦が始まる。

◆田中健太(たなか・けんた) 営4 大阪桐蔭高出 178cm・94kg

[坂本寛人]

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