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第473号 スケート部総合V

  競走部  襷が途絶えた・・ 史上最低タイ総合18位

  強豪と呼ばれた面影は、そこになかった。シード落ちした昨年の雪辱を誓った今大会。しかし、1区の出遅れから流れを変えられず。10区で繰り上げスタートを喫し、総合順位は過去最低タイの18位で終えた。「流れを覆す力がなかった」(西弘美駅伝監督)。2年連続のシード落ちとなった。

途切れた襷
 間に合わなかった。26年ぶりに紫紺の襷が途切れた。本当なら10区の坂口裕之(政経2=諫早)が待っているはずの鶴見中継所。しかし、9区の吉田楓(営4=東海大山形)が着いた時、その姿はもうなかった。行き場を失った襷は吉田に握られたまま。大手町でゴールした坂口の表情は悲痛に満ちていた。
 過去最低タイの18位。区間順位1桁0人。誰も想像していなかった。早々から大きく出遅れ、往路17位。復路になっても流れは変わらず。シード争いすらできない屈辱を味わった。

悪循環続く
 敗因を挙げれば切りがない。序盤の出遅れ、単独走、エース不在。しかし、元凶は箱根直前に起こった。出走予定だった射場雄太朗主将(政経4=大阪府私立明星)と中島大就(商1=世羅)が故障。それまでは今季から導入したベース・コントロール・トレーニングにより故障者がいなかった中で、急きょ7区間を入れ替えた。特に、代わりに1区を走る末次慶太(理工3=山口県立西京)は「使うしかなかった」(西駅伝監督)と適性はなし。案の定、集団から離され区間18位。悪い流れが禁物だった中で、最悪のスタートとなった。またその後の選手も満足に走れず「駅伝の悪い流れを全部つくってしまった」(西駅伝監督)。歯車はことごとく狂っていった。

大黒柱不在
 大会1週間前、主将の左足に悪夢が襲った。20`走を消化した翌日の昨年12月26日。「歩くのも痛いくらいになっていた」と射場の左アキレス腱(けん)の故障が発覚。何とかジョギングができるまでには回復したが、大みそかに変更を告げられた。「この1年間みんな必死についてきてもらったのに、申し訳ない」。実績がない中で、主将として奮闘してきたこの1年。そして、ようやくつかんだ最初で最後の箱根。誰よりも懸けていたからこそ、責任を感じずにはいられなかった。
 これで、出雲駅伝の出場権をまたも逃し、全日本駅伝と箱根は予選会行き。歓声にぎわう大手町で、射場は涙ながらに頭を下げた。「いつか『この経験があってよかったね』って思えるように」震える声で後輩の背中を押した。
【渡邊弘基】


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