検索

第475号 新入生歓迎号

  明大スポーツ  東京五輪学生参加へ3カ年計画

  一生の思い出をつくろう 3年後の2020年に開催される東京五輪・パラリンピック(パラ)。新入生はこの世界的祭典に参加するチャンスを大学4年次に迎える。多くの五輪選手を輩出した明大から五輪代表となる可能性はまだあるのか?ボランティアやその他の関わり方はどんなものがあるのか?あなたも五輪の主役へ準備開始だ。

選手として
 幼少期から英才教育を受けた選手しか日本代表になれない。そう考える人も多いだろう。しかし、東京五輪では、スケートボード、スポーツクライミングやサーフィンなど、趣味として親しまれてきた競技が追加競技となった。大学入学を機に新たなスポーツを始めてみると、意外な才能が花開くかもしれない。
 実際に明大入学後から競技を始め、世界と戦う選手がいる。アーチェリー部OB・前田悠帆選手(平28法卒・現グローリー)だ。高校時代は水泳部に所属していたが「もう一度目標を持って頑張りたい」と未経験の競技に挑戦し、4年次には17年ぶりに日本記録を更新。競技開始4年目で日本アーチェリー界の頂点に立った
選手として参加する五輪は最高の晴れ舞台だ。1964年東京五輪では、正式種目になった柔道で日本人初の金メダルを獲得した現役明大生がいた。中谷雄英氏(昭40営卒)だ。「東京五輪で初めて柔道が採用されたから、応援団がたくさんいて、相当歓声は上がっていた。表彰台で君が代を聴いて国旗を見て、感動した」。熱い声援を受けながら世界と戦う経験は、一生の宝となる。
 出場できなくても現役選手≠ニして五輪を迎えることには意味がある。昨年12月の全日本空手道選手権。追加競技決定後の全国大会とあって、空前の白熱ぶりを見せた。満員の武道館でプレーした明大空手部の渡辺湧(政経2=花咲徳栄)は「空手をやっている人たちの夢がやっとかなった。東京五輪で日本人選手が活躍して、今よりも盛り上げていけたら」。競技を知り、プレーヤーとして歓声を送ることも、五輪に参加≠キる一つの方法だ。

支える役目
 東京都は昨年11月、2020年を見据えて、来夏に9万人以上を募集するボランティア戦略案を発表した。応募条件は2020年時点で18歳以上。その中心となるのが大学生だ。意志さえあれば誰でも五輪に参加≠ナきる。
 また、こんな関わり方もある。五輪、パラとは何かを学び、学んだものをイベント企画で実行している学生団体「おりがみ」。例えばスポーツ×バリアフリーを学べるパラ競技の体験会を企画。2020年に向けて学生の理解を促している。本番では「五輪を高校の文化祭のようにしていきたい」と代表の都築則彦氏。五輪の競技大会を文化祭の目玉として、自分たちが担うのは全国各地に五輪・パラ関連のイベント企画を行う出店の役割。会場外からも盛り上げていく。
 五輪・パラ組織委員会の「東京2020参画プログラム」によると、スポーツ・健康、文化など、非営利団体が東京五輪に向けたイベントを実施すると、同委員会から応援マークが送られる。立派な参加≠フ証しだ。
1964年東京五輪当時明大生だった梅村久司氏(昭42文卒)は「日本人ならみんなが見にいった」と振り返る。しかし、観戦という関わりができたのはチケットが2、3日前でも簡単に取れた時代だったから。「観戦する以外、五輪への関わりがなかった」とも言う。その点、都築氏は「2020年は学生が関わりやすい。五輪に向けて活動していくと、普通の大学生活を送っているだけでは絶対つながれない人たちとつながることができる」。交友の幅を広げながら、五輪を盛り上げるのも面白い。

記者として
 さらにもう一つ参加≠フ方法がある。五輪を報道することだ。1953年に創部した明大スポーツ新聞部は、明大が輩出した五輪代表選手を取材し続けてきた。
1964年東京五輪では17人の現役明大生が出場し、金1個(柔道)のメダルを獲得。昨年のリオデジャネイロ(リオ)五輪でも明大から2人のオリンピアンが誕生した。日の丸を背負う明大生の熱き戦いを追う日々は、学生生活を特別なものにするはずだ。
 今初めて東京五輪と向き合った新入生もいることだろう。参加≠ヨの道筋はいくらでもある。大学生活をより価値あるものに。まずは一歩踏みだしてみよう。


ニュース
 
 この記事へのご意見はこちらからお寄せください。
 今後の明大スポーツ運営への参考にさせていただくほか、ご意見としてご紹介させていただく場合もございます。
 ※必ずEmailアドレスをご入力ください
Email: